"故吉村昭の著作は『戦艦武蔵ノート』(岩波現代文庫)と『戦艦武蔵』(新潮文庫)を読んだだけである。前者は取材ノート、後者は小説である。どちらにも武蔵の建造から沈没までの詳細な記述と、沈没の時海へ飛び込んで護衛の駆逐艦に救われた乗組員の様子が述べられている。その乗組員のうちの15名の下士官兵が南西方面艦隊司令部に配属された。
その15名は昭和19年3月バギオが陥落し、司令部がルソン島北部の山岳地帯へ転進するとき、私の部下となって終戦までの半年間、険しい山道を一緒に転戦した。(武装解除の後、将校は部下と離され別々に収容されたので、彼等のその後のことは分からない。)戦艦武蔵の生き残りを部下に持ったという因縁で、この2冊だけを読んだ次第で、あとの吉村昭のものは読んでいない。
その吉村昭の文筆活動の出発点が『三陸海岸大津波』である。『戦艦武蔵ノート』にみられる克明で執拗で丹念な取材態度の原点がここにあるといわれる。
吉村氏の夫人、芥川賞作家の津村節子さんの手記が最近の日経に載っていて、夫婦とも小説の舞台となった岩手県田野畑村に深い愛着を持ち毎年訪れたという。本人は文学碑なんてとんでもないと言っていたが、村には吉村にとって唯一の文学碑が建っている。
明治から昭和にかけて東北地方を襲った3度の津波についてのドキュメンタリーがこの『三陸海岸大津波』である。この本は今度の東日本大震災の後増刷され、奥さんの津村節子さんはその印税を義援金として岩手の田野原村に贈ったという。 "
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